フレッシュプリキュア二次創作 FlexiArsenal 「かき氷」 降ったり止んだりを繰り返して長引いた梅雨が明けると四ツ葉町に唐突に夏がやって来た。 イースはラブに頼まれて、半ば強引に彼女の部屋で勉強会をさせられていた。 せつなが数学に強い事が判明したので、この様になっていたのだ。イースは幹部養成科で弾道学をやったので三角関数には詳しい。 ついでに言うならば、子供の頃は毎月のように自国を称えるスローガンを書かされていたので詩の腕前も中々だったのだがこれはまだラブは知らない。 「(sinα)2乗+(cosα)2乗イコール1なんじゃなくて、1と言う半径の円が先にあって、 その底辺と高さがsinとcosなの。だから三平方の定理で2乗すれば斜辺の1に戻るの。」 「えぇ、分かんないよー。」ラブが天を仰ぐ。 この様子だと三角関数はおろか、そもそも関数の引数すら理解して無さそうだった。 まだまだかかりそうだな、とイースは軽く溜息をつく。 「いやぁ、急に暑くなってきたからダルいわ。あっ、そうだ。かき氷を食べよう。」 早くも不規則な食生活によってへばっていたラブが自室で唐突に言い出し、立ち上がる。 朝食の代わりでも持ってくるのかな? そんな風に思ったイースは暫く待っていたが、 一向に戻る気配がない。イースはノートにペンを置いて階段を降りてみた。 「このかき氷機、なんか臭いな。」ラブが水色のペンギンの形をしたかき氷機を洗っていた。 イースが横から覗き込む。「何をしているの。」 ラブが洗いながら答える。「かき氷を作ろうと思って。」 「氷を食べるの?」「うーん、そうだけど、そうじゃないような。甘いんだよ!」 何だ、ちゃんとした食べ物じゃないのかと、イースは思った。 「ちょっと、氷買ってくるわ。」ラブがタオルで手を拭きながら言う。 「私も行くわよ。」「すぐ戻るから大丈夫。外暑いからせつなは家に居て。」 イースは何か言おうとしたが、財布を手にしたラブはそそっかしく外に出ていってしまった。 一人になったイースは居間のソファーに腰掛けると、時計のカチコチとした音を聴いた。 何となくこの時計の時間はどの程度合ってるのだろう、と思った。カチコチとした音が鳴っている。 「(全員時間を合わせろ。)」「(作戦開始。)」 イースの想いが灰色の過去に向かってゆく。 ラビリンス国軍はイアチ国に侵攻すべく進軍を開始していたが、その漁夫の利を狙おうと国境沿いまで進軍してきた同盟中であるはずのベイホク軍を牽制すべく、 本軍からサウラー含む別働隊を振り分け、ベイホク国境へ向けて進軍。その途上で拠点基地を設営中だった。 ところが設営が始まるや否や、後方から殴り込み部隊であるところの陸戦隊が合流してきた。 もしかすると戦いの本命はこちらなのではないかと内心サウラーは覚悟を決め始めていた所だった。 こうなると後退しながら戦うと云った小細工が必要になるかも知れなかったが、攻勢に特化した陸戦隊と上手く連携が取れるかが問題になってきた。 ラビリンス北部、属州プロビンス、冬。サウラーが天幕を開けて雪景色を眺めた。 「これは本格的に降り始めたな。」「あぁ。適当な所で切り上げるかな。」そう答えたウエスターは2人分のレーションを平らげた所だった。 「こういう物もありますが、必要かな?」サウラーが医療用のアルコールをそっと出す。 「おっ!悪いねぇ。」ウエスターがボトルのラベルをあらためて、燃料用のメタノールではなく消毒用のエタノールである事を確認すると、もう一度ボトルを挙げて礼を言う。 サウラーが再び座り込むとカセットボンベの炎に手をかざした。イースは木箱に腰掛けて、金属のコップに入ったコーヒーを飲みながら彼らを見る。 「ま、当面はここで待機かな。補給がまだ届いて無くてね。後は雪か草しかない。」ハハ、とサウラーの自嘲的な乾いた笑い。 「昔、雪を食った事があるぜ。」ウエスターが自信あり気に言う。「雪を?」「あぁ、狙撃任務でね。」ウエスターが足の置き場を改めて切り出す。 「上官がスナイパーが居る山に進軍するって言い出したんで、砲撃して雪崩にすればいいだろと言ったら、何故かお前らがいって来い、って事になってね。 匍匐前進で丘を進んでったら、部隊が狙撃されてね。ってか、マイナス20度を超えるとASMDショックライフルの排熱ファンが止まるんだよ。知ってたか?」 「いや。」 「それで息が見えてるのに気付いてよ、慌てて雪を口の中に入れたよ。」 「それでどうなった?」 「敵を仕留めたよ。でも戻ったら、車両が凍ってて動かなくなっちまってさ。進軍不能。俺の所為にされてよ、それで上官にキレちまった。」 「それは災難だったな。」 サウラーが労う。 イースは、それは上の指示に従わないからいけないんだろ、と思った。そんな事をすればいつかどこかで必ず恨まれる。下らないイタズラをされたり。 ……もしかしてその車両も故障では無いんじゃないのか。サウラーが給油口に砂糖を入れるイタズラの話をしてたのを思い出してそう思った。 「アンタはどうしてここに?」どうやら彼はここが懲罰部隊か何かだと思ってるようだった。 「さぁな。色々ありすぎてどれだか分からん。」「ハハ。」ウエスターが笑う。 「でもさ、雪も悪くないよ。そうだ。休暇が出たらさ、スキーいこうぜ。」「スキー? いや、私はそういうのはちょっと。」「お前はどうだ?」 ウエスターが人差し指を指してイースに言った。 「え、どうかしら。」突然話を振られ、イースは返答をはぐらかした。 「皆そう言うんだよ。でもゼッテー楽しいからさ。やろうぜ、今度。決まりな。」そう言ってウエスターは出ていった。 テントには暫くウエスターの体臭が残ってるような気がした。サウラーは何となく咳をした。カセットボンベの音がする。 「スキーだって。」イースが捨てるように言う。「やってみればいいじゃないか。生きて帰れたらの話だがな。」 「生きて帰れないの?」そう訊くとサウラーは斜めに顔を傾けた後、こう答えた。「敵より味方の方が怖い。」それって、いつも通りってコト? とイースは思った。 冷静に考えたらサウラーもロクに上の指示通りにした事がない。だが上の指示に従っていたら、多分今自分も生きてないだろう。 「無線室見てくるわ。」イースはそう言って立ち上がった。「あぁ。」そうしてテントから出た彼女は、無線室には戻らずにアテもなく基地を歩き出した。 「便所、完成しました。」ウエスターが兵から報告を受けていた。「おう、おつかれぃ! 誰が一番最初にウンコするかな。」 兵がウエスターに話を合わせる。「やっぱ、これも階級順ですか。」「んじゃ、主計科の奥さんか?」 いーっハッハッ!! という甲高い笑い声が遠くの陣中に響き渡ったのが聴こえた。 イースはカービン銃のスリングベルトをキツく背負い直し、雪が降る中ザクザクとした地面をブーツで踏みしめながら歩く。 やがて陣中の外れ、グルグルに巻かれた有刺鉄線の前で歩みを止めて、雪空を見上げた。頬に雪がへばり付いても見上げ続け、瞼に雪がへばり付いても見上げ続けた。 灰色の雲に覆われた空は人類をあざ笑うかの様に、踊り狂わんばかりに雪を降らせていた。こんな所の人生から、一体どんな未来に帰れるというのか。 全くイメージが出来なかった。 カチコチとした時計の音が鳴っている。気付くとイースは居間の窓からレースのカーテンを除けて庭を眺めていた。 庭には紫のサルビアの花が咲いている。ラブの母、あゆみが育ててるのだろう。 今自分がどの方向に向かって進んでいるのかは分からない。でも、冬のあの日からここまで来た道のりは確実に実感出来る。 「どう?」テーブルの向かいから真剣な眼差しを送るラブに見られ、やや緊張しながらかき氷をスプーンですくってみた。 口の中にシロップの甘みが伝わってゆく。 「甘いわ。それに暖かみのある味だわ。」「え、そんな。大げさな。」やだなぁ、せつなって大袈裟だよ、とラブが笑う。 「ホント、とても暖かいわ。」 もしもウエスターの雪山にかき氷のシロップがあったら、もう少しマトモな事になっていたのではないか。 いやあの冬の陣にもシロップがあったら皆の凍てついた心が少しは溶けて、ひいてはもう少しマシな国になったのではないか。 そんな取りとめもない事を思った。